見知らぬ世界に2


歩っても歩っても、ずっと砂と岩だけの大地が広がっている。
赤茶けた砂と岩は、実は錆や瓦礫であり、それを知った百合はこの世界に対しさらに不安を抱いていた。
岩山だと思っていたものも、それは「熔けた」建物だった。長い年月をかけて陽の光、風雨に晒されたためか表面的にはわからなかったが、休憩しようと立ち寄った岩山に近づいた百合は、そこにかつて明らかに建物だった形跡を見たのである。
どうしたらこのようになるのだろう・・・?
百合には想像もつかない。以前、原子爆弾の熱によって熔けて黒光りするガラス状になった瓦礫をみたことはあるが、それと同じようなものなのか。
(どうして、こんな気持ち悪い場所にきてしまったの・・・?)
歩き続ける百合の瞳から、また涙が零れ落ちる。
毒々しいほどに赤く染まった陽光に照らされる、錆と瓦礫に覆われた世界。自分以外には生命の息吹の感じられない静寂に満ちた死の世界。
(ここは・・・地獄なんだ・・・)
百合はそう思わずにはいられない。確かに地獄と呼ぶのにふさわしい景観だった。
(じゃあ・・・私は本当に死んだのね・・・)
そう考えればすべて納得がいく。
あの時、手首は少しではなく死ぬほどに切っていたのだろう。だから、左手がなくなってしまったのだ。
髪の毛が真っ白になったのも、たぶん死んだからに違いない。
(これは罰なんだ・・・。自殺なんてした罰なんだ・・・)
だとすると、自分はこれからどうなるのだろう。鬼が現れて責め立てられるのか。
でも、今は鬼でもいいから生きた存在と出会いたかった。こんな場所にたった一人でいるのは心細すぎる。
百合はそんなことを思いながら、ひたすら歩き続けた。

「はあ・・・はあ・・・・」
生命を求めて歩き続ける百合の口からは、荒い息が漏れていた。先ほどから、息苦しさを感じていた。
「地獄」に堕ちたはずなのにまだ機能している携帯電話(試しに電話とメールをしてみたが、どこにもつながらなかった)の時計を見ると、目が覚めた廃墟から歩き始めてもう1時間以上が経過している。
もちろん疲れはあるが、原因はそればかりではなさそうだ。どうらや空気全体に塵のようなものが混ざっており、それが息苦しさの原因らしい。
百合はハンカチを取り出すと口に当てた。このまま空気を吸い続けるとあまり身体に良くないことが直感的にわかった。
ついでに休憩をしようとその場に座り込む。
(でも、本当にこれからどうすればいいんだろう・・・・)
例えここが地獄であっても、先のことがわからないのは不安だった。
このまま先に進んでもなにがあるか全くわからない。
百合が途方に暮れたその時。
風に乗ってかすかに物音が聞こえてきた。
「何・・・?」
錆に覆われた大地を踏む力強い足音、そして嘶き。
「馬・・・?」
なにかはわからないが、見知らぬ場所に来てからはじめて生き物の気配を感じたのである。
百合の顔にかすかに笑みが浮かんだ。
足音はこちらに向かっているようで、次第に大きくなってきた。ただ、よりはっきりと聞こえるようになった嘶きは馬よりも太い感じがする。
「馬じゃないのかしら・・・?」
猛獣だったらどうしようという不安がよぎるが、それよりも一刻も早く生き物の姿を見たい。
自然と百合は走り出していた。
ところが、足に何かが引っかかり転倒してしまう。
「あうっ・・・」
一瞬なにが起こったのかわからなかった。
錆だらけの地面の上に転がった百合は起き上がろうとして、自分の右足首にロープが巻きついているのに気づく。
「え・・・なにこれ・・・?」
いつの間にこんなものが巻きついたのか。百合は残された右手でロープを解こうとする。しかし、手一本で解くというのは思った以上に困難な作業だった。
「身体が不自由なのが、こんなに大変だなんて・・・」
思わずぼやいてしまう。彼女も学校の課外活動で障害者の介護ボランティアに参加したことあるが、見るのと自分で体験するのでは全然違った。
ロープを解こうと悪戦苦闘している百合の頭上を、大きな影が覆った。
「え・・・?」
見ると目の前には黒い毛に包まれた太い動物の足。馬のようだが、競走馬よりも太い。北国で飼われているばん馬のようだ。
見上げていくと、頭上には大きな馬の顔。だが、そこには水牛のような2本の角が生えていた。
「えええっ・・・?」
驚きの声をあげる百合。こんな馬は見たことない。もちろん牛でもなかった。
謎の「牛馬」は3頭、百合を囲むようにしている。大きな鼻から息が漏れ、百合に吹きかかり、髪がなびいた。
ただならぬ雰囲気に、百合は狼狽して座ったまま後退ろうとする百合は、ふいに声をあげた。
「あっ・・・?」
巨大な牛馬なのですぐに気づかなかったが、背に人が乗っていたのである。
頭にターバンのような薄汚れた布を巻き、ゴーグルをつけて口にも布を巻きつけて顔を完全に覆いつくしているから性別はわからない。牛馬に負けないほどの大柄な体格からすると男性らしい。
まるで物語に登場する盗賊のようだが、今は人の外見を気にするよりもとにかく話がしたかった。
人見知りをする百合は、珍しく自分から男に手を伸ばし、助けを求めた。
「あ、あの・・・・た、助けて下さい・・・私は・・・・」
「・・・・・!」
牛馬に乗った人物は、野太い声からしてやはり男だった。
だが、彼の発した言葉は、百合には聞き取れなかった。口をマスク代わりらしい布で覆っているためくぐもった声ではあるが、それで男の声が聞き取れなかったのではない。
(この人たち・・・なんなの・・・?)
百合は自分の耳を疑ったが間違いない。
彼らは、彼女が今までに聴いたこともない言葉を喋っていたのだ。日本語はもちろん、英語でもない。アジアやヨーロッパ各国の言葉でもない。もしかしたら、それ以外の地域、国々で使われている言葉かもしれないが、今の百合には何語であろうとも関係なかった。
わかっていることは唯一つ、せっかく出会った「人間」と話が出来ないということだ。
(そ、そんなぁ・・・・)
ショックのあまり、立ち上がりかけた腰をまた地面に下ろしてうなだれてしまう百合。
そんな彼女の耳に、突然、風を切るような鋭い音が聞こえてきた。
「えっ!?」
気づいた時には遅かった。背中に焼けるような激痛が走った。
「あ、あううっ!」
痛みのあまりにまともな声も出せず、呻きながら地面に倒れる百合。今まで感じたことのない激しい痛みに、身動きすら出来ない。
(くうううっ・・・!)
薄れる視界の片隅に、牛馬から降りたらしい男達の足元が見える。全部で3人。
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・」
未知の言葉で会話を交わす男達。そのうちの一人が、地面の上でうずくまっている百合の腹部をおもむろに蹴り上げた。
「うぐうっ!」
百合の身体が浮き上がり、彼女の口から言葉にならないうめき声が漏れる。
(な・・・なんで・・・こんな・・・・)
度重なる激痛とショックのあまりに百合の意識が急速に薄れていく。そして、自分が失禁してしまったことにも気づかないまま、彼女は気を失ってしまった。


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